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東京地方裁判所 昭和39年(行ウ)18号 判決

原告 藤津昭平

被告 海上保安庁長官 今井栄文

被告 国

右代表者 法務大臣 高橋 等

右両名指定代理人 斉藤健

〈外三名〉

主文

一、被告海上保安庁長官に対する訴は、いずれも却下する。

二、被告国に対する訴を棄却する。

三、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

一、原告は、「一、被告海上保安庁長官が昭和三六年三月二〇日付で原告に対してした免職処分を取消す。二、同被告は原告に対し昭和三六年三月二一日以降毎月一七日限り一箇月一四、八〇〇円の割合による金員を支払え。三、被告国は原告に対し金五〇万円およびこれに対する昭和三六年三月二一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。四、訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに第二ないし第四項につき仮執行の宣言を求め、

二、被告ら指定代理人は、まず、「一、被告海上保安庁長官に対する訴はいずれも却下する。二、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、本案につき、「一、原告の請求はいずれも棄却する。二、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、請求原因

一、原告は、昭和三五年一一月一日海上保安官に採用されて二等海上保安士を命ぜられ、海上保安庁船舶技術部技術課第二機関係として勤務していたが、条件付採用期間中である昭和三六年三月二〇日、国家公務員法第八一条(身分保障)および人事院規則一一―四(職員の身分保障)第九条(条件付採用期間中の特例)により、「その官職に引き続き任用しておくことが適当でないと認められ」て免職された。

二、しかして右免職処分は、原告が勤務に際して届出た住所において住民登録の届出をしていないことを主たる理由とするものであって、原告に対する勤務評定の結果に基づくものであるというのは、単なる口実にすぎない。

三、しかしながら、本件免職処分は、次の理由により、違法である。

1  住民登録について

原告は、採用に当り、地方に転勤を命ぜられる場合をも予想して、東京都文京区根津西須賀町八番地中村方を民法第二四条の仮住所として選定し、これを住所として届出ておいた。秘書課給与係が文京区役所に対し、原告のため地方税申告の手続をとったところ、原告は同区役所に住民登録の届出をしていないことが発覚し、昭和三六年三月一八日原告は右給与係から右未届を理由に激しく非難された。

しかしながら、前記仮住所は住民登録法にいうところの住所ではないから、原告が文京区役所に住民登録の届出をしていないとしても、原告には同法違反の事実はない。したがって、住民登録の届出をしなかったことをもって、海上保安官の官職に引き続き任用しておくことが適当でないと認めることは理由がない。

2  勤務評定について

勤務評定の結果たる勤務成績は、本件免職の主たる理由ではない。すなわち、(一)原告は昭和三六年三月一七日同月分の給与の全額の支給を受けているから、少くとも同月末までは在職しうる勤務状態であったものと言うべく、したがって三月二〇日以前に原告の勤務成績によって免職することは予想されていなかった。(二)一般に国家公務員たる一般職の職員が既にその月の給与の支給を受けたのち離職した場合には、その職員は離職の翌日から月末までの給与は一般会計に戻入しなければならず、しかも戻入は納入の告知その他職員が任意に返済しない場合には強制履行の請求等繁煩な手続に依らなければならないから、かような手続をもいとわず職員を免職するには、その職員に重大な非違があって一日も引き続き任用しておくことができないような事由がなければならないものと言うべきであるが、原告にはかような事由はなかった。(三)しかも、昭和三六年四月には運輸省において新入職員の研修が予定され、原告もこれに参加することが内定されていたのである。

(四)なお、原告は在職期間を通じ懲戒処分を受けたことはない。

したがって、原告の勤務成績は本件免職の主たる理由ではないが、仮りに勤務成績が免職の理由となったとしても、原告の勤務成績は良好であったのであって、原告は厳格に海上保安庁の法規に従って勤務したが、その法的潔僻性が上官に敬遠されたのである。このことは、原告が昭和三七年五月八日海上保安庁監察官に原告に対する勤務評定の行政監察を依頼したところ、勤務成績報告書の記載からは免職相当とは言えず、本件免職が右報告書自体によるものであるとは断定し難い旨の回答が同月一二日にあったことからも明らかである。

3  以上のとおりであるから、本件免職処分は条件付採用期間中の職員である原告に対するものとして、被告海上保安庁長官はその裁量をあやまったものであって、到底取消しを免れない。

よって原告は本件免職処分の取消を求めるとともに、右処分が取消されるときは、原告は昭和三六年三月二一日以降も免職当時の行政職(一)七等級四号棒(一四、八〇〇円)の給与を受けることができるから、同日以降毎月一七日限り一四、八〇〇円の支払を求める。

四、なお被告海上保安庁長官は、前記のとおり、故意または過失により、本件免職処分によって違法に原告の社会的名誉を著しく毀損し、原告に多大な精神的苦痛を与えたから、原告は被告国に対し、国家賠償法に基づき慰藉料として五〇万円およびこれに対する昭和三六年三月二一日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、被告らの答弁ならびに主張

一、被告海上保安庁長官に対する訴のうち、免職処分の取消を求める部分は、行政事件訴訟法第一四条第一および第三項の出訴期間を経過しているから不適法として却下を免れず、また給与の支払を求める部分は、海上保安庁長官は国の行政機関であって独立の人格を有するものではなく、抗告訴訟についてとくに当事者能力を認められているにすぎないから、当事者能力を有しない者を相手とするものであって、これまた不適法として却下を免れない。

二、請求原因についての認否

1  第一項の事実は認める。

2  第二項の事実は争う。

3  第三項の事実は争う。ただし、三月分の給与を支給したこと、原告が海上保安庁監察官にその勤務評定の行政監察を申出たことは認める。

4  第四項の事実は争う。

三、被告らの主張

1  本件免職処分は、原告に対する勤務評定の結果、その勤務成績が不良であって引き続き任用しておくことが不適当と認められたためであって、住民登録の点は免職の事由とはなっていない。

2  原告には勤務中、次のような特異な行動および傾向があった。

(一) 海上保安庁船舶技術部は、昭和三五年一二月九日、隅田川造船所が建造した一二米型巡視艇「もみじ」につき、翌一〇日同艇の引渡を受ける旨決定したところ、同艇の工事監督補助事務に従事していた原告は、右決定を行った審議会に列席し何ら意見を述べなかったのにかかわらず、同月一〇日右巡視艇の運航担当関係部局たる警備救難部管理課の久世補佐官に独断で同艇の引渡は時期尚早であると連絡し、事務上の混乱を生じさせた。

(二) 原告は、第三管区海上保安本部船舶技術部技術職員は原告を不当に誹謗しているものと考え、これらの職員を嫌悪し、昭和三六年一月一八日第一〇管区海上保安本部への配置換方を申出た。

(三) 海上保安庁船舶技術部技術課が、昭和三六年二月頃、巡視船「つくば」の計画設計に際し、三菱日本重工業株式会社のZCエンジンを採用エンジンの候補の一つにあげたところ、原告はこれが採用されたものと曲解し、多数の職員の面前で、「右エンジンは故障が多く他とくらべて高価であるから国費の濫費であり、担当の佐藤補佐官、野口専門官はけしからぬ」と、同人らを不正があるかのように誹謗した。

(四) 昭和三六年二月頃、前記三菱日本重工が好意的にエンジンの縮図を作成してくれることになっていたところ、原告は、同社の社員に対して「右縮図は徹夜してでも作成して持参するのが当然である」と高圧的言辞をろうした。

(五) 昭和三六年二月末頃、前記技術課において、原告の担当業務を一五米型巡視艇の補助と定め、その旨の分担表を作成したところ、原告は前記佐藤補佐官に対し、みずから上級係員と称し、「上級係員は本来業務上大綱の指示は受けるが、係事務は自己の自由裁量によって処理するものであるから、原告としては係長の下にあって補助員的性格で仕事を行うことには不服であり、かつ右は分掌規程にも違反する」といって業務分担の改正を要求し、また原告は同課専門官が係長および係員を指示するのは規程違反であるから改正すべきであると申立て、専門官に対する協力を忌避する意向を有していた。

(六) 原告は、しばしば部外者および部内職員に対し、姓名を明示しないで、しかも「非公式」と称して業務についての交渉、問合せを行っていた。

(七) 原告は、庁舎管理の所管係に「便所のドアを足であけてもよい」旨の規則の有無を問合わせた。

(八) 原告は、上司または先輩同僚の業務上の指導を謙虚に受ける意思が全くなく、常に自己の主張を押通そうとした。

3  被告海上保安庁長官は、昭和三六年三月四日人事院規則一〇―二第九条第二項に基づき原告の特別勤務評定を行ったが、その結果、原告は(一)性格は陰気、わがまま、軽卒、表裏がある、粗暴などの消極面が多く、(二)責任を回避してそれを合理化しようとする傾向があり、(三)意に反する上司の命令に服従せず、また上司などを公然と誹謗、中傷するなど協調性を欠き、(四)職務の執行については、いかなる場合にも上司に相談せず、考えが浅く手段、方法を誤ることがあり、(五)部外者に対する言動は不当に威嚇的であり、(六)現在の仕事に対する適性がないなどの点が明らかとなり、その勤務成績は不良であると判定された。

右勤務成績によれば、原告は国家公務員として、また海上保安官としての適格性を欠くので、被告海上保安庁長官は、引き続き任用しておくことは適当でないと認めて原告を免職したのであるから、本件免職処分はなんら違法ではない。

第四、被告らの主張に対する原告の認否

一、被告海上保安庁長官に対する訴は、行政事件訴訟法第四条の公法上の法律関係に関する当事者訴訟であるから、右訴は適法である。

二、被告らの主張に対する認否

1  第三、三、2の事実中、(一)の事実は、原告が「もみじ」の工事監督に従事したこと、審議会において意見を述べなかったことは認めるが、その余は否認する。

2  同(二)の事実は、配置換方の申出をしたことは認めるが、その理由は否認する。

3  同(二)の事実は、ZCエンジンの採用に反対したことは認めるが、その余は否認する。

4  同(四)の事実は否認する。

5  同(五)の事実は、業務分担表作成の事実は認めるが、その余は否認する。

6  同(六)ないし(八)の事実はいずれも否認する。

7  第三、三3の事実は争う。

第五、証拠≪省略≫

理由

一、原告主張のとおり、原告が海上保安官として海上保安庁に勤務していること、条件付採用期間中である昭和三六年三月二〇日免職されたことは、当事者間に争いがない。

二、原告は右免職処分は違法であるから取消を免れないと主張する。ところで、右処分当時における行政事件訴訟特例法第二条の行政庁の違法な処分の取消を求めるいわゆる抗告訴訟は、同法第五条により、処分のあったことを知った日から六箇月以内にこれを提起しなければならず、しかも処分の日から一年を経過したときはこれを提起することができないところ、原告の本件訴中免職処分の取消を求める部分は、既に右出訴期間を徒過していることが明らかであるから、不適法として却下すべきである。

なお、原告は右訴は行政事件訴訟法第四条の当事者訴訟であるから出訴期間の制限はない旨主張するけれども、この点に関する請求の趣旨ならびに請求原因に徴するときは、これを当事者訴訟と認めることは到底できないから、原告の右主張は排斥を免れない。

三、次に原告は本件免職処分が取消されるべきものとして、免職の日の翌日以降の給与の支払を求めるが、かような訴は給与支払義務の主体である国を被告とすべきであって、被告海上保安庁長官を被告として提起された右訴は不適法であるから、これまた却下を免れない。

四、なお、原告は本件免職処分により多大な精神的苦痛を受けたことを理由に被告国に対し慰藉料の請求をするので、検討する。

1  原告は本件免職処分は原告が住民登録を怠ったことを理由とするものであるから、裁量を誤ったものとして違法であると主張する。なるほど、成立に争いのない甲第八号証によれ、昭和三六年三月一八日原告が海上保安庁秘書課給与係の姫野某から、電話で「原告のため特別区民税の申告をしたところ、文京区役所には課税期日の一月一日現在において原告の住民登録がなされていない」旨の連絡があったと、原告を非難した事実は認められるが、そのことがとくに免職の事由となった事情を認めるべき証拠はない。一般にこの程度のことのみをもって職員を免職することは到底考えられないところであるから、住民登録法違反が本件免職処分の主たる理由であるという主張は、原告の単なる憶測にすぎないものと言うべきである。

2  次に原告は、本件免職処分が勤務評定の結果に基づくものであるとしても、原告の勤務成績は良好であったから、被告海上保安庁長官は裁量を誤ったものである旨主張する。

≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められる。すなわち、

(一)  昭和三五年一二月九日巡視艇「もみじ」の引渡に関し、その建造の監督に当った海上保安庁船舶技術部技術課とその運航を担当する同庁警備救難部が開いた審議会において同艇引渡の件が決定されたにもかかわらず、原告はその二、三日後前記救難部の久世補佐官に対し、何ら上司に相談することなく、救難部がいま直ちに前記巡視艇の引渡を受けるのはおかしいと電話で連絡し、救難部に対して技術部の方針が変更されたかのような疑惑を生じさせた。

(二)  昭和三六年一月一八日頃、原告は第三管区海上保安本部の技術課長が自分に悪意を抱いているものと思い過して、なんら同所に配転されるような情勢はなかったのにかかわらず、その虞れがあると考え、前記技術課第二係の監督をしていた佐藤補佐官に対し、第一〇管区海上保安部に配転方を申出た。

(三)  昭和三六年二月頃巡視艇「つくば」の設計がなされた際同艇に使用すべきエンジンの候補に上っていた三菱日本重工株式会社製のZCエンジンに関して、その採用が既に決定されたような口調で、「このエンジンは防衛庁で使用した時も故障が多いことが判っているのに、これを採用して国に損害を与える野口専門官や佐藤補佐官はけしからん」と言って、上司たる同人らを誹謗した。

(四)  同年同月頃、原告は前記三菱日本重工に対しエンジンの縮図を持参されたい旨電話した際、高圧的な態度で「三菱は受注者であるから、発注者の命令に従うべきであり、縮図は徹夜しても作成すべきである」旨述べた。

(五)  原告は技術課第二係に勤務中、例えば法律規則等につき担当部局の者に対し、しばしば「非公式」と称し、自己の姓名を秘して問合わせを行っていたし、またある時は、所管の係に対し、便所の戸を足で開けることを認める規定があるかとの奇異な問合わせをしたこともある。

(六)  なお、原告は前記技術課の課員として上司の指導を謙虚に受け入れるところがなかった。

3  更に前記上田証人の証言により真正に成立したと認められる乙第五号証(勤務成績報告書)によれば、昭和三五年一一月一日から同三六年二月二八日にわたる期間の勤務につき行われた特別評定によると、原告の勤務については被告主張のような事実が明らかとなり、その勤務成績は不良と判定されたことが認められる。

4  前記2、3の認定に反する甲第八号証の記載ならびに原告本人尋問の結果は採用しない。また、他に右認定を左右すべき証拠はない。

5  前記認定事実にあらわれた原告の言動に徴すれば、原告が奇矯と思えるほど自己の所信に偏執し、寛容、協調、服従の精神に欠ける者であることを窺わしめるに十分であって、国民全体の奉仕者として法令、上司の命令に忠実に従い、官職の名誉、信用を保持してその職務を遂行しなければならない(国家公務員法第九六条第一項、第九八条第一項、第九九条)国家公務員、とくに任務の性質上(海上保安庁法第二条第一項、第一四条第三項)規律の厳正を要する海上保安官としての適性を疑うに足り、さらに原告が条件付採用期間中の者であったことも考え合わせると、被告海上保安庁長官の本件免職処分が裁量を誤った違法のものとは認め難い。そうだとすれば、爾余の点につき判断するまでもなく、被告国に対する慰藉料請求も認容できない。

五、以上のとおり原告の請求はすべて失当であるから、被告海上保安庁長官に対する訴はいずれも却下し、被告国に対する訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 橘喬 裁判官 高山晨 田中康久)

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